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新潟地方裁判所 昭和48年(ワ)15号 判決

原告

押木泉

ほか二名

被告

財団法人国民休暇村協会

主文

一  被告は

原告押木泉に対し、金二、〇四三万〇九五七円

原告押木大に対し、金五〇万円

原告押木ゆきに対し、金五〇万円

および右各金員に対する昭和四八年一月一九日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の押木泉のその余の請求はこれを棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告押木泉の、その余は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  「被告は原告押木泉に対し金三、五二四万四、五六〇円、原告押木大に対し金五〇万円、原告押木ゆきに対し金五〇万円および右各金員に対しそれぞれ昭和四八年一月一九日から支払ずみに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。」

2  「訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求は、いずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告泉は、当時東京理科大学工学部二年在学の学生であつたが、昭和四五年二月二一日より被告の設営する妙高山麓国民休暇村関山荘に臨時職員として雇われ、スキー受渡係として勤務していた。

同月二五日午後六時頃、関山荘勤務職員の新年宴会が妙高山関山の飲食店オリエントで開催され、原告泉も関山荘支配人の要請により、これに参加したが午後八時半頃一次会が終了し関山荘へ帰ろうとしたところ、上司よりビ―ル瓶の持ち帰りを命じられたため、被告関山荘所有のジープ助手席で待機し、ジープ運転者の来るのを待つていた。

同日午後一〇時頃、二次会が終了し、訴外被告方に勤務する斎木正男運転手が右ジープ運転席に乗り込み、後部座席に被告関山荘の岡田副支配人、霜鳥、松山の両職員が同乗して右ジープは出発、同日午後一〇時三〇分頃、新潟県中頸城郡妙高々原町大字田口一、一八二番地一先道路を長野方面に向けて進行中、訴外斎木運転手は前方左側に駐車中の大型トラツクを発見、その右側方を通過すべく進行したところ、対向車が来たためこれに危険を感じて急拠通過を断念しブレーキを踏んだが間に合わず、駐車中の右大型トラツク後部に追突し、その衝撃により助手席に同乗していた原告泉は入院二年余の第五、六頸推圧迫骨折、頸髄損傷による四肢不全麻痺の後遺傷を残す重傷を負うに至つた。

2  被告の責任

被告は前記事故車たるジープ(自家用普通貨物、車両番号新一れ二七二五号)の所有者であつて、訴外斎木は右ジープを被告の事業の執行のため運転していた際本件事故を起したものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故により原告らが蒙つた損害を賠償する義務がある。

3  原告泉の損害

(一) 逸失利益 金五、六一五万三、八四八円の内金三、一七〇万〇五六〇円

1 原告は昭和二三年八月二五日生れの健康な男子であつた。昭和三九年三月新潟市立白新中学校を優秀な成績で卒業し、新潟県立新潟高等学校を経て東京理科大学工学部建築学科に入学し、本件事故当時同大学二年生で、将来建築家を志望して勉学中であつたところ、偶々大阪で開催中の日本万国博覧会見学の費用捻出のため、同大学の春休みを利用して、被告設営の関山荘に臨時要員として作業中に本件事故にあつた。

原告は前記傷害により、四肢不全麻痺で、他人の介護なしでは日常生活の諸動作はできず、将来回復の見込は殆んどない状態である。

専門の医師は、現在の社会環境では、原告の就労可能性はないと断定されている。

原告泉の身体障害者等級は、控え目にみて三級は確実である(田島鑑定は二級、森鑑定は三級)。

従つて、原告の労働能力の喪失率は一〇〇%とみるべきである。

2 原告泉は本件事故なかりせば、昭和四七年三月(二三歳)東京理科大学を卒業し、技術系の職業に就職し得て、六三歳まで(就労可能年数四〇)就労し得たはずである。

本件の原告泉のように未就職の大学生の場合、労働省作成の賃金センサス(昭和四四年)の「年齢階級別きまつて支給する現金給与額」の企業規模並びに旧大、新大卒の平均数値(月給六八、八〇〇円、年間賞与等二六五、六〇〇円)によるのが合理的である。

それによれば、年間収入は一、三五六、八〇〇円であり、昭和四九年の旧大、新大卒の平均収入は月給一五六、七〇〇円、年間賞与等六五一、六〇〇円、年間収入二、五三二、〇〇〇円(月収二一一、〇〇〇円)である。

3 ホフマン式計算法により中間利息を控除する。

ア 昭和四七年四月(東京理科大学卒業予定時)から昭和五一年一二月(口頭弁論終結時)まで

1,356,800円(昭44年度の平均年収)×3.56=4,830,208円

イ 昭和五二年一月から昭和八七年三月まで(三六年間)

2,532,000×20.27=51,323,640円

ア+イ=56,153,848円

原告泉の逸失利益は金五六、一五三、八四八円となるが、本訴ではその内金金三一、七〇〇、五六〇円を請求する(但し、若し他の損害費目が削られる場合は、その削られた分だけ逸失利益の請求を増額する)。すなわち、訴状で請求した将来の附添看護費、弁護士費用を取り下げたので、その合計額分だけ請求を増額したことになる。

(二) 附添看護費 金七六万三、二〇〇円

原告は稀にみる重傷のため、病院入院中は、職業附添婦一名の附添だけでは足りず、母である原告押木ゆきの常時の附添を要した。

後記のとおり、原告押木ゆきは洋裁業を営んで、一ケ月少くとも金一〇万円の収入をあげていたものであるが、原告泉が本件事故による受傷のため、母としてやむを得ず右洋裁の仕事を捨てても附添わざるを得なかつたものである。附添費は、日額金一、二〇〇円は当該請求しうるものと信ずる。

而して、原告ゆきは、原告泉の入院期間中すなわち昭和四五年二月二五日から昭和四六年一一月二二日まで(昭和四五年二月二五日から三月一八日まで新潟県厚生連頸南病院で附添、同年三月一八日から同年一一月一八日まで新潟県立ガンセンター新潟病院で附添、同年一一月一八日から昭和四六年一一月二二日まで会津若松市の財団法人竹田総合病院で附添)計六三六日間附添看護に従事した。

従つて、右入院期間中の附添費は計七六三、二〇〇円となる。

(三) 入院中の諸雑費 金一九〇、八〇〇円

前記のとおり、原告泉は入院期間中の六三六日間入院に伴う諸雑費を支出した。原告泉の重傷の程度と特に紙おしめ等の消耗品、多額の栄養補給費、医師に対する謝礼、新潟より新井市、会津若松市の各病院に出張するための附添人の交通費等、通常の交通事故に伴う入院と比較にならぬ程多額の雑費を支出し、領収書類で証明できる金額は七〇万円を超えるのであるが、計算及び立証が煩わしいので、一日金三〇〇円は請求しうるものとして計算する。

(四) 慰謝料 金六五〇万円

イ 東京地方裁判所民事二七部作成の重傷入院表に照らし、原告泉の六三六日間の入院日数を基準に概算すれば、その慰謝料額は二五〇万円とみるべきである。

次に、後遺症の慰謝料については、原告泉の等級を一級とみて、同じく同地裁の表によれば四〇〇万円である。

合計六五〇万円が慰謝料として相当である。

ロ 既に原告泉の後遺症の状態、程度については、前記のとおり詳述したが、原告の体幹の安定性は極めて悪く、耐久力がなく、疲労し易い。頭脳を使つたり、運動を多少すると、疲労度が加わり、やがて幻覚度症状を呈し、遂には意識不明の状態になる。今後四十数年にわたる長い人生を、他人の介護により生きてゆかねばならないことを考えると、前途は全く絶望という外なく、原告泉は家人の隙をみて、既に三回も自殺を図つたが、これとて動作が思うように行かず未遂に終つている次第である。死にまさる精神的苦痛というべきである。六五〇万円の慰藉料は決して高くないと信ずる。

以上(一)乃至(四)の合計額は、金三、九一五万四、五六〇円。

(五) 弁済

原告泉は自賠責保険より、後遺症の補償として、金三九二万円(三級)を受領した。

これを、前記(一)乃至(四)の合計額金三、九一五万四、五六〇円の内金に充当する。

残額は、金三五、二三四、五六〇円となる。

4 原告押木大及び原告押木ゆきの損害、計一〇〇万円

前記諸事情にかんがみ、原告泉の両親である大及びゆきの精神的苦痛は、泉の死に勝るとも劣らない程度である。泉の苦しみは、父、母の苦しみでもあり、泉の肉体的精神的苦しみを察すると、不憫で仕方がなく、親子共々泣き明かすことも多い現状である。

大は心労のため脳圧亢進症となり三週間も入院した程である。

また、ゆきは附添看護のため、本業の洋裁業(月収約十万円)を中断せざるを得ず、多額の収入を逸失した。恐らく将来は泉の附添看護のため洋裁業をやめなければならないであろう。

大、ゆきは生涯泉の苦しみを背負つて生きてゆかねばならず、その苦しみは測り知れない。

民法第七一一条に基づき、原告大及びゆきの精神的苦痛に対する慰藉料は、各金五〇万円宛が相当である。

5 よつて、原告らは各自被告に対し、請求の趣旨記載の損害賠償金および右各金員に対する本訴状送達の翌日である昭和四八年一月一九日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  訴状請求原因第一項について

原告泉が、原告主張のような学生であり、原告主張のような勤務をしていたことは認める。

同月二五日午後六時頃、原告主張のような宴会が、原告主張の場所で開催されたこと、原告泉も参加したこと、は認めるが右事実のそれ以外の事実およびそれ以下の事実は否認。同日午後一〇時頃、二次会が終了して以降の原告主張事実は、すべて認める。

(二)  同第二項について

被告が事故車の所有者であり、訴外斎木が本件事故を起したことは認めるが、その余は争う。

(三)  同第三項について

(1) 原告泉の生年月日、中学、高校、大学の経歴、事故当時大学二年生であつたことはいずれも認めるが、事故当時までの原告主張事実は不知。

原告泉の前記傷害後遺症に関する主張、並びに逸失利益額に関する主張は争う。

(2) 附添看護費に関する主張のうち、原告ゆきが常時附添つたとの点は不知。

その余の主張は争う。

(3) 入院中の諸雑費の主張についてはすべて不知。

(4) 慰謝料の主張はすべて争う。

(5) 弁済に関する主張中、原告がその主張する金額を受領したことを認め、その余は争う。

(四)  原告押木大、同ゆきの損害は争う。

被告の主張

一  好意同乗ないし、無償同乗による請求金額減額の主張について

(一)  一般に好意同乗ないし無償同乗については、諸外国においては自動車の保有者についての賠償責任を否定もしくは減額する旨の立法的措置がとられているのにもかかわらず、我が国においてはそのような法律の条文がないため、自賠法等の法律の解釈上、右立法措置に準ずるような取り扱いが判例上なされているし、また、裁判例の実情からすると、賠償責任を否定した例としては、最高裁昭和五〇年一一月四日第三小法廷判決があり、否定の理由としては、被害者を共同運行供用者と認定したものである。減額の事例としては下級審に多数存在するが、大別すると、過失相殺を適用するもの、慰謝料を減額するもの、信義則ないし公平の原則によつて減額するものなどがみられる。

(二)  本件において原告泉の乗車の態様は、好意同乗か無償同乗であることは明らかであるが、その場合における保有者の責任は、第三者である例えば歩行者等に接触してこれを負傷せしめたような場合と全く同一のように取り扱つてよいものであろうか。

本件自動車は被告協会の所有とするところであつたが、専ら妙高山麓国民休暇村の業務用のため、右休暇村勤務の職員が使用していたものであり、別に専任の運転手もいない。本件事故当時は訴外斎木が運転していたが、同人は運転免許を有していたので、本件車を運転することが多かつただけであり、もし原告泉が運転免許を有していたならば、同人が運転し斎木が同乗するという事態も予想されないことではなかつた。そのような同乗の態様からすれば、運行供用者としての被告協会の原告泉に対する運行供用者としての責任は、百パーセントであるとすることは損害額の公平な分担を考える立場からは、いかにしても不公平な取り扱いであると言わなければなるまい。

(三)  更に本件においては、原告泉の採用について妙高山麓国民休暇村がいわば監督庁である新潟県庁の観光課に勤務する原告大に押しつけられた格好であつたということ、本件事故は原告泉が採用されてから四日目の出来事であつたということ、当夜原告泉の関山荘への帰宿については、休暇村支配人安田重雄の勧誘にもかかわらずそれを断つて本件車に乗車したこと等の事情は、被告協会の運行供用者としての原告泉に対する責任の度合いを決める上において、信義則ないしは公平の原則上十分しんしやくされなければならない事情であるというべきである。

(四)  以上のとおりであるので、損害総額の少なくとも二〇パーセント以上は、被告協会の原告泉に対する運行供用者責任は減額されてしかるべきであると考える。

二  原告泉の受傷について、過失相殺を適用すべき旨の主張について

(一)  不法行為の過失相殺における被害者の過失とは、必ずしも加害者の過失と法的に同一の意味を有するものではない。判例においても、「過失相殺の問題は、不法行為者に対し積極的に損害賠償責任を負わせる問題とは趣を異にし、損害発生についての被害者の不注意をいかにしんしやくするかの問題に過ぎない」と判示している(最判昭和三九年六月二四日(大法廷)民集一八巻五号一一〇頁)。そのようなことからすれば、過失相殺において考慮される事情とは、加害者の全額負担を相当としない、事故ないし損害の発生に関する被害者側の事情として把握できるものである。

(二)  本件において事故当時、原告泉が頭部を座席にもたれかけ、いわばあお向けの姿勢で熟睡していたことは、当審における証拠上明らかである。このような姿勢で車の急停車等の事態に遭遇したとき、頭を前部フロント硝子ないしその手前にぶつけ、しかも普通より以上の強い衝撃を頭部に加えることになることは明らかである。

最近、自動車に乗る者に対してシートベルト着用を励行するように行政上の指導がなされているが、自動車に乗る者としては、当然急停車或いは衝突等の異常事態に備え、それに対処する心構えと姿勢に注意をしなければならないことは、一般的な常識であると言わなければならず、この点において本件においては、原告泉について、損害の重大性に対応する重大な過失があつたものと言わなければならない。

(三)  本件においては、運転手の斎木はもとよりとして、同乗していた訴外岡田および同霜鳥についても何らの受傷事故も発生せず、(霜鳥について入れ歯であつた前歯一本が支障を生じただけである)、原告泉だけが重大な傷害を受けたということは、全く事故時における原告泉の前記事情によるものである。従つて仮に、右の事情を、いわゆる注意義務違反としての過失として評価しないとしても、前述のとおり過失相殺における過失として評価できるものであり、その割合は全損害額の二〇パーセント以上であると言わなければならない。

三  損害額に関する原告らの主張に対する反論

原告泉の受傷後の病状、その回復の程度、後遺症の状況、最近における生活の実情等は、当審における鑑定その他の証拠調べにより実態が明らかになつたと言えるが、それによれば、原告泉は事故後療養生活中には後遺症に関して悩んできたが、最近では精神状態も安定し、昭和五一年四月からは日本社会事業大学の二年に編入入学し、同時に前から交際のあつた女性とその頃正式に結婚をし、本人の将来の希望としては障害者関係の社会福祉事業で職を得て働きたいということである。右のような事情から、原告の主張する損害賠償請求額について、事項毎に次のような反論を陳述する。

(一)  逸失利益について

自賠法における労働能力喪失率が原告泉の場合、一〇〇%であることは認めるが、右は、肉体労働を対象としており本件の如き事案に適用することは許されず、原告泉の知的能力に関しては、後遺症は存在しないのであるから、その点を検討したうえで、額が考えられるべきである。

原告泉が東京理科大学を退学しなければならない事情にあつたのかどうかは、例えば現場における実習が卒業のため不可欠であるのか多分に疑問があるので、必ずしも全面的に肯定できないところであるが、仮にそうであるとしても、現在同人は日本社会事業大学二年に在学中であり、同校の卒業生は都道府県の社会福祉主事或いは社会福祉施設の職員等に就職しているものであることを考えると、原告泉のそのような職場への就職の可能性は、同人の身体障害者としてのハンデイキヤツプを考慮しても多分に存在するということができ、仮にそのような職場への就職が何らかの特別事情でできないとしても、社会福祉事業関係の分野で収入をあげて稼働し得る機会は、十分存在するものということができる。

従つて、原告主張の昭和四四年賃金センサス第一巻第一表の企業規模計の、少なくとも、全労働者の欄の数値である、「きまつて支給する現金給与額」一四八、九〇〇円、「年間賞与その他の特別給与額」一三四、九〇〇円の収入を、右大学卒業以後である昭和五四年四月一日より、収得できるものとして計算すべきであろう。(なお訴状請求原因第三項末尾に一、三五六、八〇〇円とあるのは一、〇九一、二〇〇円の計算が正しいのではなかろうか)

(二)  附添看護費について

原告泉の入院先である県立ガンセンター新潟病院および竹田綜合病院においては、専門の附添看護人を被告協会の費用でつけていたもので、それ以上の附添看護費は、事故と相当因果関係のある医療費とは認められないと考える。

(三)  本件において、被告が支払つた原告泉の医療費等の支出は合計四五四万七、八二六円であつたが、内五〇万円については自賠責保険より填補されている。

被告の主張に対する原告らの反論

一  被告は、原告泉が好意同乗者であると主張するが、好意同乗は「運行供用者が同乗者に対して場所的移動を約していると見られるもの(他人性阻却説)」、「運行供用者がその者の便乗を予想し得るもの(運行供用者責任相対説)」については認めないのが通説であるところ、原告泉は、被告の上司からビールの空瓶の宿舎への持ち帰りを命ぜられており、被告所有の本件ジープの最終到達地点である休暇村宿舎まで同乗することは、被告で命令していたし、しからずとするも当然予想し得たことであつて、好意同乗が成立する余地のないところである。

二  被告は原告に重過失があつたと主張するが、原告泉の熟睡と本件の重傷との間には何の因果関係も認めがたいし、そもそも飲酒させたのは、被告の職員であるし、熟睡していた原告泉が助手席にいるのが危険であれば、移動させるべきであり、運転手は同乗者の安全確保に十分留意して運転すべき義務があつたものである。

三  被告は、賃金センサスによる全労働者の数値のうち初任固定説を主張するが、高校生以後の年齢層になると具体的収入の可能性を考慮した「平均賃金説」でするのが相当である。

四  原告泉が被告主張の如き医療費の支払を受けたことは認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告ら主張の請求原因第一項中原告泉が本件事故当時東京理科大学工学部二年在学中で昭和四五年二月一二日から被告の設営する妙高山麓国民休暇村関山荘に臨時職員として雇われていたこと、原告ら主張の日時、場所において、訴外斎木正男運転、原告泉ら同乗の被告経営の関山荘所有のジープが駐車中の大型トラツク後部に追突し、その結果原告泉が右事故により原告ら主張の如き重傷を負つたこと、第二項中、被告が本件事故車の所有者で、訴外斎木が本件事故を起したことは当事者間に争いがなく、訴外斎木正男、同安田重雄の各証言の結果によると、訴外斎木の本件事故車の運転は、被告の事業の執行のために運転していたものと認められるので、被告は、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故により原告らが蒙つた損害を賠償する責任がある。

二  損害

1  原告泉の損害

(一)  逸失利益金一、九〇〇万四、一五七円

原告泉が昭和二三年八月二五日生れの男子で本件事故当時、東京理科大学工学部建築学科の二年に在学中であつたこと、本件事故により受けた傷害により、肉体的労働能力の喪失率がほぼ一〇〇パーセントであることは、当事者間に争いがない。

証人森健躬の証言、原告泉、同大およびゆき各本人尋問と医師田島達也の鑑定結果を総合すると、原告泉は健康な男子であり将来建築家になることを夢みて、建築学科に入学したが、本件事故による後遺症により退院後、一たんは復学したものの、肉体的には到底建築学科の講義、実習等についていくことができず、又担任教授の示唆もあり、止むなく同大学を中退したが、幸に大きな頭部傷害を受けなかつたので、デスクワークを主とする頭脳労働により自己と同様な身体障害者のための福祉関係の仕事に自己の将来をかけることを考え、昭和五一年三月前記大学を中退し、同年四月に社会福祉に関する専門の日本社会事業大学に進学を決意し、同大学の三年生に編入入学し、現在は、身体障害者としての運転免許もとり、又日常生活は車椅子を利用して不自由な生活をしながら勉学しているが、日常生活においては排尿、排便が著しく不自由であること、この間昭和五〇年四月、原告泉が入院治療にあたつていた福島県会津若松市所在の竹田総合病院に入院中に知り合つた健康な女性で、理学療法士である利英子と知り合い、同女と結婚したが、夫婦生活は精神的なものであること、そして原告泉の後遺障害は、自賠法施行令第二条後遺障害等級表(労働者災害補償保険法の障害等級表に準ずる)の第三級に該当し、生命維持に必要な身の回り処理の動作は可能であるが、高度の平衡機能障害のために終身にわたり、およそ肉体的労務に就くことができない現状であることが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

してみると原告泉は、本件事故により極めて不自由な体で頭脳労働としてのデスクワークをする以外に自己の将来の設計が不可能となり、そのため、当初の目的であつた建築家としての仕事を断念せざるを得なくなつたが、生きることへの執念が原告泉をささえ社会復帰への意欲が更に福祉関係への仕事を将来の仕事として選ぶことにもなつたと考えられる。そして右の事情のもとでは、本件事故による後遺障害による逸失利益の通常の男子労働者平均賃金を基準として算出するのは相当ではなく、大学卒業の全産業全男子労働者の平均賃金(労働省労働統計調査部の賃金センサンス表)を基準として考えるのが相当であり、且つ逸失利益算定につては、その予測は口頭弁論終結時を基準として、高い蓋然性のある資料の存在があれば、それによることは当然許されるところである。

そこで成立に争いのない甲第八号証、同第一二号証、同第二四号証によれば、昭和四四年度の前記賃金センサス表によれば、新大卒の平均数値は、月給六万八、八〇〇円、年間賞与等二六万五、六〇〇円であり、その年間収入は、計数上一〇九万一、二〇〇円(原告ら主張の一三五万六、八〇〇円は計算違い)であり、昭和四九年度のそれは、平均収入は、月給一五万六、七〇〇円、年間賞与等六五万一、六〇〇円であり、年間収入は二五三万二、〇〇〇円となるところで原告泉は、本件事故がなければ、昭和四七年四月に東京理科大学を卒業し、少くとも同人が六三歳までは労務につき、その間所得の五〇パーセントに相当する金員を生活費として費消するものと考えられるので、これをホフマン式計算法(年五分の中間利息を控除)で算定すると、

昭和四七年四月から昭和五一年一一月(口頭弁論終結時までは、

1,091,200×0.5×3.564=1,942,736

昭和五一年一二月から昭和八七年七月まで(同人が六三歳になる)

2,532,000×0.5×19.91=25,206,060

となり、同人の労働能力の喪失一〇〇パーセントとしての逸失利益の合計は一応金二、七一四万八、七九六円となるところで、前記認定の労働能力の喪失は概ね肉体的能力の評価を中心に考量されたものであると考えられるところ、将来の労働による収入を考えるに当つて、最も重要なことは、就職の可能性にあるものというべきであるので、これを本件について見ると、前記認定の諸事情を総合すると、原告泉は、肉体的労務には不適当であるが、頭脳労務に就くことは充分可能であり、現在そのために福祉関係の大学に進み、また事情は必ずしも明確ではないが婚姻もし、将来に期待をかけていることに徴すると、原告泉の将来選ぶべき職業、年齢、身につける技能等を勘案し、就職の可能性並びに当事者間に争いのない原告泉が自賠法所定の後遺症の補償として金三九二万円を受領している点を考慮し、その労働能力の喪失率を考えると(将来の予測を組込むことにはやや躊躇するが)、その労働能力の喪失は一〇分の七と考量するのが相当と認める。従つて、原告泉の逸失利益の合計額は、計数上金一、九〇〇万四、一五七円となる。

(二) 附添看護費 金六三万六、〇〇〇円

原告ゆき本人尋問の結果成立の認められる甲第九ないし第一一号証と右同本人、原告大および原告泉各本人尋問の結果を総合すると、原告泉が前記争いのない入院二年余という重傷を受け、まだ原告泉の精神的不安定(再三自殺をはかる)さのため病院入院中は職業附添婦一名では足りず、母である原告ゆきが、原告ら主張の六三六日間、原告ら主張の各病院で附添看護にあたつたこと、又附添婦が看護の面倒さから何度も変つたこと、原告ゆきが本件事故当時以前より洋裁業を営み、一ケ月一〇万相当の収入を得ていたが、原告泉の看護のため、その仕事を捨てざるを得なかつたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

ところで専門の附添婦がいる場合、更に身内の、しかも実母の看護附添費の請求ができるかについて検討するに、本件の如く被害者の全身麻痺を伴う症状ないし精神不安定さが特に重大な場合には、附添婦がいても、更に実母の看護の必要性が認められ、その附添費看護費は、諸般の事情を考慮し、一日当り金一、〇〇〇円を認めるのが相当であるので、合計金六三万六、〇〇〇円となる。

(三) 入院中の諸雑費 金一九万〇八〇〇円

原告泉の入院期間は前記認定の六三六日であり、当時の物価事情、病院の場所の移動等からすると、原告主張の如く一日金三〇〇円相当の諸雑費がかかつたと認められるから、右費用の合計は金一九万〇八〇〇円と算定される。

(四) 慰謝料 金六〇〇万円

原告泉は、本件事故により負つた傷害を治療するため長期間にわたり入院したが、後遺症として第五、六頸推圧迫骨折、頸髄損傷による四肢不全麻痺を残すなど肉体的にはもとより精神的にも多大の苦痛を味いつつも、幸に現在は将来に向つての希望を持つようにはなつたものの、不具者となり、希望していた道にも進めず、精神的結合のもとで結ばれたとはいえ、その生涯を妻および家族の世話のもとに過ごさなければならなくなつたことに基づく、現在および将来における精神的苦痛は、推測するに難くないところであり、他面、証人安田重雄の証言および原告大本人尋問の結果認められる、原告泉がアルバイトを希望して被告方に採用して貰つたこと、また本件事故がアルバイト先の新年会の後、アルバイト先の職員と一緒に帰途中に生じたものであることに思いを致すことのほか、その他諸般の事情を考慮すると、原告泉に対する慰謝料は金六〇〇万円をもつて相当と認める。

(五) なお原告泉は自動車損害賠償保障法による後遺症の補償として、金三九二万円を受領しているが、右は既に前記逸失利益の算定にあたり、その中で考慮しているので、原告泉の蒙つた右損害(一)ないし(四)の合計二、〇四三万〇九五七円の内に充当しない。

三  原告大および原告ゆきの損害、各五〇万円

原告大および原告ゆきが長男である原告泉の蒙つた前示負傷およびその後遺症により、原告泉の長期にわたる入院加療中における肉体的、精神的苦痛はもとより、生涯それを苦にし、且つ原告大および原告ゆき本人尋問の結果認められる原告泉を介抱ないし多大の経済的援助をしなければならない負担を背負つて生活しなければならない、現在および将来における精神的苦痛は容易にこれを推認できるところであるから、この事実とその他諸般の事情を勧案して原告大および原告ゆきに対する慰謝料は各金五〇万円をもつて相当と認める。

四  被告の減額ないし過失相殺の主張について

1  被告は、本件事故は無償好意同乗中の事故であるから、信義則ないし公平の原則上十分しんしやくされるべきである旨主張するので判断する。

成立に争いのない甲第一五、一六号証と証人安田重雄、同霜鳥孝作、同斎木正男の各証言および原告泉本人尋問の結果を総合すると、被告がその所有の本件事故車を事故日に運行していたのは、被告の従業員の新年会を関山駅前にあるオリエント食堂で開くのに、宴会出席の従業員を会場まで二班に別けて送迎するためであり、原告泉は本件事故車であるジープに乗り、アルバイト先の宿舎から右会場に赴き、帰りも同じ車に乗車して宿舎に帰るものと思い込み、宴会終了後、別の車に乗つて帰るかとさそわれたが、そのまま同じジープに乗車したこと、宴会終了後女性と男性の一部が先に帰り、二次会もあつて、稼働してから四日しか経過せず不案内であり、また宿舎から持つてきた「ビール」の空びんの持ち帰りを上司から命ぜられていたこともあり、同じ宿舎に帰る人と行動を共にしていたこと、原告泉は本件事故車にビールの空びんを積み込んだ後は、酒の酔も手伝い、そのまま前部助手席に乗つたまま熟睡してしまつたが、本件追突事故の発生について、原告泉の右の挙動は何ら原因となつていないこと、また本件事故は駐車中の大型トラツクの後部に本件事故車の運転者の一方的過失で追突したもので、被害者である原告泉の傷害の程度が大であることが認められる。他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右の認定の事実によれば、原告泉の本件事故車への便乗は、被告において、同乗者に対し場所的移動を約していたものと推測されること、またビールの空びんの持ち帰りを命ぜられビールの宿舎までの持ち帰りは、車に便乗しなければ事実上不可能であり、かつ本件事故車の運行には全く関与していない等の諸事情があり、これらの点を総合すると、原告泉の本件事故車への同乗をもつて、好意、無償同乗であるとして、公平ないし信義則を適用し損害の減額の事情ありと認めることには躊躇せざるを得ないところである。この点についての被告の主張は採用しない。

2  次に被告は原告泉が助手席にあお向けの姿勢で、しかも飲酒酩酊のため熟睡している全く無防備の状態で同乗しており、自動車に乗る者の心構えと姿勢に関心を示さなかつたことが事故の結果を著しく大にした旨主張し、過失相殺を求めているので判断する。

成立に争いのない甲第一五、一六号証証人斎木正男、同霜鳥孝作の各証言の結果によれば、原告泉が被告主張の如く、追突等の事故のあつた場合、その乗車位置からすると無防禦の状態ともいえる姿勢で同乗していたため、他の同乗者らにはさしたる傷害を受けなかつたのに対し原告泉が重傷を受けたことは認められるが、他面、本件事故車の追突場所が助手席側であり、助手席側上部屋根および窓枠が折れ曲がる等の打痕が存し、特に助手席側の破損状態が著しいこと、本件事故車に同乗していた他の者が乗車する前に既に原告泉は本件事故車に乗車し熟睡中であつたことおよび本件事故発生が可成り瞬間的に生じたことが認められる右認定を左右するに足る証拠はない。

してみると、右の事情のもとでは、仮りに原告泉が正常な姿勢で乗車していたとしても、不運な席に同乗していた原告泉が相当程度の傷害を蒙つたであろうことは、容易に推認できるところであつて、特に原告泉が負つた重傷と同人の乗車状態との間に明白な因果関係は認めがたいところであるし、また本件の場合には、運転者が熟睡している原告泉の乗車状態に危険を感じるならば、容易にその危険を除却してやることが可能であつたと認められるので、本件の場合、原告泉に過失ありとしてその責任を負担させることは酷であると言わざるを得ない。この点についての被告の主張も採用しない。

五  結論

以上の理由により、原告らの本訴請求のうち原告泉の被告に対する金二、〇四三万〇九五七円およびこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四八年一月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める部分は正当であるが、その余は失当であり、その余の原告らの被告に対し各金五〇万円および右期日から支払ずみまでの右同様の遅延損害金を求める部分はいずれも正当である。

よつて、原告らの本訴請求中右部分を認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山中紀行)

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